赤ちゃん研究

「調整機能」

2017.06.15

 赤ちゃんは、ある見方からすると非常に弱い存在であり、一方、非常に強い存在であるという見方も出来ます。ダメージを受けやすい反面、そこから立ち直る力も持っています。大人からやってもらっている受動的な存在かと思うと、大人にやさせるような能動的な存在でもあります。もしかしたら、弱い存在であるというのは、その後それを調整してもらうためのアピールかもしれないと思うことがあります。ただ、一方的に悪い影響を受けるだけの受動的な存在であるのであれば、過酷なこの世界の中で大人からの庇護(ひご)の元だけでは生き延びてくることができなかったに違いないと思っています。
 赤ちゃんが、発育するに当たり、初期の情動的経験は、脳の構造に深くとどめられ、その後の人生の展開に重大な影響をもたらすということが、ミシェルの行なった赤ちゃんに対する実験でわかりました。では、その影響は、その後、修正がきかないかということですが、実はまだチャンスはあるのです。赤ちゃんは、情動を調整し、認知的スキルや対人関係のスキル、情動的スキルを伸ばすように、手がさしのべられれば、赤ちゃんがダメージに最も弱いこの人生の初期段階には、改善の可能性が一番多くあるようです。
 誕生から数ヶ月以内に、保育者は赤ちゃんが苦悩の感覚にひたるのをやめさせ、子どもが興味を持つような活動に注意を向けさせることが出来るというのです。これはやがて、赤ちゃんが自分の気をそらして自らを落ち着かせる力を学ぶ助けになるようです。神経のレベルでは、赤ちゃんはネガティブな情動を「冷却」したり調整したりするための、注意コントロールシステムとして、脳の前頭皮質中部を発達させ始めます。万事が順調にいくと、赤ちゃんは反射的ではなく、思慮深くなり、ホットではなくクールな対応を見せ、自分の目的や感覚、意図を適切に表現できるようになるというのです。
 自己調整機能発達の分野の先駆者に、マイケル・ポズナーとメアリー・ロスバーという人がいます。ミシェルは、彼らによるこのプロセスについての主張を紹介しています。「生後4ヶ月の時には、示された刺激にすべて目をやる子どもたちも、一年半後に実験室に戻ってくるときには、自分自身の方針をしっかり持っている。自分の計画の方が、優先順位が高いため、私たちのディスプレイに注目させるのは難しい。私たちは、必死の努力をしてみた挙げ句、首を横に振り、この子たちは独自の考えを持っているとつぶやくしかない。」
 この言葉に対して、ミシェルは、親であれば誰でも承知していることと断わりながら、子どもは2歳の誕生日の頃に、無言の独立宣言をすることが多いと言います。子どもが革命に手を染めるこのよう時期には、独立に向けた子どもたちの奮闘のせいで、保育者は、苦労します。それは、いわゆる「いやいや期」と呼ばれたり、「反抗期」と呼ばれたり、テリブルツーと呼ばれる「恐怖の2歳児」と言われる所以でしょう。
 子どもはその時期を越え、2,3歳頃に自分の思考や感覚、行動をコントロールできるようになり、このスキルは生後4,5年目で次第に目につきやすくなります。このスキルは、マシュマロ実験での成功だけでなく、小学校やその後の人生に適応する上でも、決定的に重要であるとミシェルは強調します。これが、ミシェルがマシュマロ実験を4歳の子を対象に行なった理由であり、2歳になるころの自己主張は、大人を往々にして困らせることはあっても、その後の人生において、とても重要な時期なのです。
 この様に、赤ちゃんの頃から見えないところで子どもは成長しています。親や先生の言うことも聞かずに、自分のやりたいことだけをやろうとする。一見、この子の将来は大丈夫だろうかと、親の頭を悩ませる時期ではあります。しかし、それこそ正常な発達をしている証拠だと行っているのです。ですから、子どもの育ちに目を向けながら、大人は自ら育とうとする力を見守っていきたいですね。

top