生き物というものは不思議なものです。すべての生き物は、それぞれ己の遺伝子を子孫に残していくような遺伝子が組み込まれています。しかし、己の遺伝子を残すという非常に利己的な行為であっても、結果的に己だけでは生きていけないことを悟るのです。生き物は、環境に影響を与え、環境は生き物に影響を与えます。そこには、相互作用があります。また、それぞれの生き物は、それぞれに役割があり、その役割はそのうちのどれかがなくなっても全体が成り立たなくなることが多いのです。そのお互いに共生して成り立っているということは、なにも地球、宇宙規模だけの話ではありません。「荘子」斉物論では、人間の体の中の話を例に出してこんなことを言っています。います。
私たちの身体というのは非常に不思議なもので、心臓も肺も胃腸もそれぞれの役割があり、それぞれがそれぞれの役割をしていることでうまく機能しています。しかし、私たちは、それを意識しているわけではありません。そんなことは考えてもいません。それぞれを動かしている筋肉は、不随筋といって、意識を持って動かしていないのです。それなのに、健康であればちゃんと動いてくれます。また、それぞれの機能は、それぞれ関連し合っています。身体の諸器官は単にそれぞれの働きをするだけでなく密接に連携しています。しかし、この連携も、意識して行っているわけではありません。しかし、どこかで働きを統括していなければまとまりがつかないはずです。きっと、どこかに私たちの理解を超えた「誰か?」が居るのではないかということを、荘子は考えます。私たちの身体が統一をなしているのと同じように、長い年月の間、地球の臓器の一部として、我々も環境に対して、統一をなして生きてきたのです。
今我々が考えることは、小さな虫も、大きな地球に対しても、影響しあうもの同士、共生してる意識をみんなが持つことです。『全ての命に「ありがとう」。作ってくれた人に「ありがとう」「ありがとう」の気持ちをこめて、残さず、楽しく生きます。』・・・・・です。
ありがとう
2010.09.11